霜月 楢下宿語り【羽州街道・楢下宿】

ならげじゅく、ご存知ですか? 
「楢下宿」と書いて「ならげじゅく」と読む。「宿」とはすなわち街道沿いの宿場町のこと。前回の記事では「かつて、上山は羽州街道の宿場町でもあった」ということを書きました。街道沿いに宿場町を置く事を駅伝制度(そう、駅伝競技の駅伝です!)と言いますが、「楢下宿」は上山宿のいわば隣駅にあたります。
 本陣、脇本陣、問屋、旅籠、茶屋などを携え、新庄藩・庄内藩・秋田佐竹藩・津軽藩など奥州の13藩の参勤交代の宿場として栄えたといいます。今なお当時の面影を残した集落が残されていると聞いた我々湯散歩女子のふたり組は、いにしえの旅人の気分にひたるべく「楢下宿」を今回の旅の目的としたのでした。
 時は秋。山々も程よく色づき気分は盛り上がります。もちろんお宿は月岡ホテル。『もはや私達の定宿だよね。』『庭園の紅葉も楽しみだね。』

柿色に染まる里、日本の秋の原風景。
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【左/金山川に影を映す柿の実 中/楢下宿看板 右/集落を見学する生徒さん達】

 国道13号線は旧羽州街道の一部と重なるのですが、上山温泉から車で約20分ほどいったところに「楢下宿」の看板が現れます。本線から外れてやや山間に入れば、楢下宿の集落が。
 それにしても道すがら、いたるところで目に飛び込んでくるのが、枝いっぱいに実をつけた柿の木。たわわに実る柿の実の色。そういえば、上山は干し柿の産地でもありました。上山市が原産の「紅柿」でつくる干し柿は絶品!
 この実が全て紅柿なのかどうかはわかりませんが、それでも『いや〜、なんだろうねぇ。この懐かしい感じは。』『そうだねぇ。なんだか、子供の頃に見た昔話の場面を思い出すような…?』鮮やかな柿色に染まる里の景色は「日本の秋の原風景」と言ってもいいかもしれません。

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【左/集落の沿道に残る土蔵 中/浄休寺の石段と鐘楼と大銀杏 右/紅葉を映して集落を流れる金山川】

 かつては交通の要衝として栄えていた楢下宿ですが、時代の移り変わりとともに新しくできた道路から切り離される形で集落が残り、比較的多くの古民家遺構が最近まで残されていたと言います。現在も数軒の古民家が大切に保存公開され、集落に点在する古い土蔵などにも当時の風情が偲ばれます。
 看板からしばらく道をたどると「浄休寺」の石段が見えて来ます。石段の上には赤い屋根の可愛らしい鐘楼と見事な大銀杏。『この銀杏、ほれぼれするほど立派だねぇ。どのくらいなのかな?』『ん?高さ?樹齢?』『どちも(笑)』『えーとね。高さが約30m、胴回りが約5m、推定樹齢約300年だって!』浄休寺の建立が宝暦3年(1753年)と言いますから、建立当時、もしくは建立前からこの高台にあり、集落全体を見守っていたのでしょうね。
 
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【左/滝沢屋の外観 中/滝沢屋の居間 右/花魁の簪】
 
 楢下宿の古民家巡りは「滝沢屋」から。入館料(大人210円)が必要だけど、ガイドのおじさんがバッチリ楢下宿の歴史や見所を教えてくれて予習としてもおすすめです。「滝沢屋」というのは、江戸時代には庄屋を勤めた由緒ある家柄の「丹野家」の屋号です。造り酒屋で「滝沢諸白」という銘酒もあったとか。現在は移築されて集落から少し離れた場所にありますが、もとあった場所は集落のほぼ中央に位置し、脇本陣や旅籠屋としても大名や上級武士の宿泊や休憩に利用されたのだそうです。
 参勤交代のご一行様ともなれば、必要な宿屋の数も、動くお金も相当なものとなります。おじさんの話によれば、宿場町の規模としては某宿の2倍、一度の滞在で使われたお金は千両箱5つ分にもなったとか。残された古文書や工芸品もその繁栄ぶりの片鱗を伝えています。
 私達が特に目を奪われたのは、花魁が使っていたという櫛や簪。素材の贅沢さや美しさもなのですが、楢下宿に花魁までもがいたという事実にびっくりしました。『考えてみればそれはそうなんだけどね。』『でもこの細工、着物好きにとってはたまらないよね。』

18新町めがね橋★DSC03897s.jpg33下町めがね橋★DSC03944s.jpg29公園★DSC03919s.jpg
【左/新町めがね橋(新橋) 中/下町めがね橋(覗橋) 右/かわばた公園】

 宿場町というと直線的に配されるのが一般的なのではないかと思いますが、楢下宿は川を2回またぐ形で鉤型に配されていて、集落を横切るように流れる金山川とそこに架かる2つの石橋の風情が、楢下宿を代表する景観のひとつとなっています。
 集落は「新町」「下町」「横町」「上町」の4つの町で構成され、新町と下町を結ぶのが「新橋(通称:新町めがね橋」、横町の中程に架けられているのが「覗橋(通称:下町めがね橋)」。2つのめがね橋が架けられたのは明治時代。当時では珍しい西洋の土木技術が取り入れられた石造りです。『このアーチがいいわ〜。古びた石の感じがなんともいえないわ〜。』『すっごく絵になるねぇ。』
 実は絵になるだけでなく、生活道路としても現役。4t以下の車両であれば通行可能だそう。そんなところもステキ。河川敷には「かわばた公園」も整備されいて、ここでお弁当を食べながらスケッチする、なんてこともしてみたいかも。

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【左/大黒屋の軒下から下町の通りを眺める 中/大黒屋「かって」 右/大黒屋「どま」】

 4つの町の中でも「下町」は楢下宿のメインストリートとでもいうべき、かつての中心街にあたります。下町の中央には本陣「塩屋」が置かれ、その北隣に「大黒屋」、最初に訪れた「滝沢屋」はさらにその隣に並んでいました。現在「塩屋」は失われましたが、「大黒屋」はもとの場所からちょうど道路を挟んだ向かい側にに移築保存されています。比較的広い駐車場も隣接しているので、お車の方はここに車を止めて楢下宿を散策するのが良いかも。
 「大黒屋」は古くから楢下宿の旅籠を勤める家柄。旅籠の造りになっている一方、奥には広い土間と「うまや」を配していることから、旅籠と農家建築の両方の特徴を持っていると言われます。『土間長い!』『全体的に広いよね。』『この囲炉裡のあるお部屋は「かって」と呼ぶらしいよ。』『畳敷きの大きなお部屋は、どっちも街道に面して並んでるんだね。』
 「大黒屋」の外に回ると、通り側の軒下に丸太の腰掛けが置かれています。ここでちょっと一休み。のどかな里の秋の風景になごみつつふと思います。この目の前の道はかつての街道。昔はここに立派なお宿が並んでいて、大名や商人や庶民やいろんな人々が行き来していたのだなぁ…。
  本陣が置かれていた場所の南側、新町側からめがね橋(新橋)を渡ると、道路を挟んだハス向かいに「庄内屋」が保存されています。現存する家屋の中では一番古く、準本陣級の格式を持つ脇本陣ですが、残念なことに修復工事中。「庄内屋」の名前のとおり、庄内藩の定宿となっていたそうです。『庄内藩のゆかりの品もあるみたいだよ。』『これはまたいつかリベンジしなくちゃね。』

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【左/金山川沿いの遊歩道 中/山田家の板の間 右/山田家からの景観】

  大黒屋を出て金山川沿いの遊歩道を横町方面へ歩いていくと、もうひとつのめがね橋(覗橋)に行き着きます。橋を渡ってすぐが「山田家」。橋越しに見る「山田家」は、集落の生活ぶりが感じられる様な懐かしいような佇まい。建物の造りも入母屋の二階建てで、これまで見てきた家屋とはまた違った趣。
 建物自体は明治に再建されたものだそうですが、吹き抜けの大きな板の間と併設された蔵がいい雰囲気。二階には採光・通風のための開口が設けられて、おそらく養蚕をしていたのでは?とも言われますが、詳細は不明のようです。
 廊下や和室の長押には額装された古い写真がたくさん飾られていました。モノクロで撮られた集落の街並みです。自転車やバイクも走っていますから、たぶん戦後をだいぶすぎてからの昭和のものでしょう。昭和自体は遠くなりつつありますが、ホントにまだ手の届きそうな時代までこういった街並みが残されていたんですね…。
  板の間のスペースでは、桃の節句に、地区に代々伝わる雛人形や地元の方からお借りした新旧のひな人形およそ300体が飾られるとか。『リベンジするならやっぱり春かな?』『そうだね!きっと華やかだろうね。』
 「山田屋」を出ると、制服姿の生徒さん達の群れに出会いました。そういえば、下町のあたりでも他のグループを見かけたなぁ。引率の先生らしき方がいらっしゃって、生徒さん達も手に筆記用具をお持ちの様子だったので、もしかしたら地元の学校の課外授業か何かなのかしら?若者達よ、おおいに学びなさい。

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【左/武田家の土間から裏口へ 中/武田家の裏手 右/武田家「どざ」】

 楢下宿で最後に回るのが「武田家」。ここもかつては旅籠屋でした。造り自体は「大黒屋」に似ていてちょっと小ぶりにした感じでしょうか?ちんまりした分、庶民感がぐっと増します。また、他の家屋と違っているのが囲炉裡のあるお部屋が板張りではないという点。これは「どざ」というもので、床は土間になっており、その上に筵を敷いて生活していたと言います。
 古い農機具なども残されており、半宿半農でもあったことが偲ばれます。『あ、裏に木造の倉庫っぽいのがあるよ。』『時代物ではないかもしれないけど、妙にしっくりと雰囲気にとけこんでるね。』
 楢下宿では「滝沢屋」以外の古民家には常駐する管理人はおらず、無料で見学できます。常駐する管理人はいないと言っても、どの家もよく整備され清掃も行き届いていますし、トイレも各所にあり、清潔なので安心して使うことができます。これは土地の人達が愛情と愛着をもってしっかり管理しているからなのでしょうね。 

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【左/山田家の土蔵 中/街道に面する武田家の外観 右/三吉山から上山市街を望む】 

 ところで、「大黒屋」から「山田家」へのルートは今回の川沿いだけではなく、街道に沿って下町から新町に折れるというルートもあります(というか、こっちが本道)。その通りの道沿いには「豆腐屋」や「醤油屋」の隠れた名店が。いまだに昔ながらの手作りにこだわり、自然な味わいが魅力…なのだそうですが、私達がそれを知ったのは旅から戻ってからのこと。後の祭りとはこのことですが、これはこれでリベンジへのモチベーションということに。

  さて、そろそろホテルに向かう時間ですが、その前に上山市内にそびえる「三吉山(みよし山)」に登っておきましょう。「三吉山」は、かみのやま温泉の東南に位置する標高574mの里山。山頂に三吉神社が祀られている信仰の山ですが、上山市のクアオルト認定コースにもなっています。クアオルト事業とは、“心と体がうるおう”まちづくりを掲げ、自然環境・温泉・食などの恵まれた地域資源を活かしながら市民の健康増進と地域活性化を官民一体となって目指すというもの。
 三吉山はまた「やまがた100名山」にも登録されています。ホントは自然を堪能しながらトレッキングすればいいんだろうけど、時間もないので一気に山頂へ。神社の裏には小さなゴルフ場も。それらを横目で見つつ上山市街を見渡せるスポットへ。眼下には色づく山々の重なりと温泉街が一望。『キレイ!』『うむ、絶景。』他に言葉はありません。

秋のロマンと月岡ホテル。 

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【左/色づきはじめる庭園の彩り 中/ラウンジから秋の庭園を眺める 右/池に遊ぶ鯉たち】

 秋の陽はつるべ落としと言いますが、やや陽もかたむきかけた頃に月岡ホテルに到着しました。楽しみにしていた庭園の紅葉はまだ色づき半ばといったちころでしょうか。うかがってみると、月岡ホテルの庭園は、上山市内の紅葉よりも少し送れる傾向にあるのだとか。真っ赤に色づいた頃の庭園は、どれほど見事なことでしょう。それでも緑と黄色と朱色のコントラストが美しく「錦秋」という言葉が浮かびます。池に目を落とすと鮮やかな錦鯉たちが行ったり来たりと急がしそうに泳いでいます。

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【左/客室から眺める秋景色 中/さくらんぼの湯 庭園大浴場 右/さくらんぼの湯 庭園露天風呂】

 今回のお部屋は、蔵王とお城を眺望できる絶景の角部屋。窓からは月待坂も見下ろすことができます。月待坂といえば、前回お食事をした「折鶴」もこの道沿いにあったはず。『たぶんあのへんだよね。』『そうそう。とっても美味しかったよね〜。』浴衣セットには防寒用の足袋ソックスが添えられていて、細やかな心遣いを感じます。
 お食事の前に、まずはひと風呂。お風呂は前回も書いた通り、日替わりで男女が入れ替わるシステム。今夜のお風呂は前回とは逆で「さくらんぼの湯」です。「ら・ふらんすの湯」に比べれば、こじんまりとした露天風呂ですが、これはこれで貸切気分で妙に落ち着きます。露天風呂への扉を開けると、夏には心地よく感じられた外気が今はひやっと肌寒く、季節の移り変わりを文字通り肌で感じるのでした。

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【左/居酒屋堺屋の個室 中/前菜 右/山形名物 芋煮】

 本日の夕食はちょっとリッチに「会席料理コース」。自分たちへの少しばかりのご褒美という名目で。お席は居酒屋堺屋の個室。ガラス張りの素敵な空間に、特別感はいや増します。個室の使用料はありません。空いているかどうかは運次第。 
 乾杯酒のあと、ご飯のお釜に陽を入れます。ちょうど良い頃に炊きあがるとの事で今から楽しみ。それだは早速前菜から。あけび、ミズコブ、柿、もって菊などの旬素材を用いて、とりどりに趣向をこらせて少しずつ。米沢の「つのにんにく」が良いアクセント。お造りは、えびとあいなめと脂ののった鮪の三点。山形名物の芋煮は煮物として。牛肉のだしと脂のコクがきいています。

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【左/特選山形牛ステーキ 中/サーモンのミルフィーユ 右/山形産つや姫舞茸ご飯】

 焼物は特選山形牛ヒレステーキ。好みの焼き方が選べます。贅沢。ハーブに塩を結晶させたものが添えられています。『キラキラしてきれいね。』そして焼物はもう一品。サーモンのミルフィーユ。サーモンとエビとホタテを重ねてパイ生地でサンドし、パプリカやズッキーニで彩られたホワイトソースでまとめています。『う〜ん、これも絶品。』秋野菜のオレンジポン酢仕立てのサラダに蛤と松茸のお椀、そして最初に火を入れたご飯がいよいよ炊きあがりました。山形産つや姫のお米の舞茸ご飯!美味しい以外にありえない。ほどよいおこげもまた美味。『私達、日本人で本当に良かったね!』

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【左/高畠ワイナリー 白 甘口 中/メロンのソルベとブリュレ 右/客室より月を眺める】

 締めくくりのデザートはメロンのソルベとブリュレ。ところで、今日の乾杯酒は高畠産の白ワインでした。軽くてフルーティーでほんのりスイートな口当たりはまさに女性好み。ここのところ、日本産ワインに人気が集まってきていて、山形のワイナリーも注目されていると言います。ここ上山にもワイナリーがあって、アピールしていこうというプロジェクトも立ち上がっている様子。『次は上山のワインだね。』『ワイナリーにも行ってみたいよね。』
 全部残さず美味しくいただいたので、もうお腹はぱんぱん。お部屋に戻ってもしばらく動けないありさま(笑)。お部屋の窓には優しい光でお城を照らすお月様が。そういえいえば、上山城の別名は「月岡城」でしたね。

72月岡H城前通りの朝★DSC01334s.jpg57月岡H中庭紅葉★DSC01534s.jpg74月岡Hラウンジチョコケーキ★DSC01587s.jpg
【左/秋の朝の月待坂 中/庭園の紅葉と池の鯉 右/今月のおすすめデザート クラシックショコラ】

 朝風呂から戻って窓をの外を覗くと、紅葉が映える朝の柔らかな陽光の中、まばらに歩く人の影。たまーに通りすぎるエンジン音。温泉街もそろそろお目覚めの頃です。
 早起きしたので少し時間をとってゆっくりと朝食バイキングを堪能。『あ、デザートのクラフティが、夏のモモからリンゴに変わってる!』こういうことにはちゃんとめざといのです。
 さて、チェックインから密かに気になっていたのは今月のおすすめデザート「クラシックショコラ〜クリームとみかんのソースを添えて」。宿を発つ前にぜひともいただかねば。見た目は濃厚そうなチョコレートケーキだけど、甘さは控えめ。チョコとクリームと柑橘系というコラボはバッチリ好相性です。このミカンソースは売店でも売っているそうですよ。

名物にうまいものあり。

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【左/旧尾形家住宅をガイドする72代目ご当主 尾形宗一氏 中/ざしきから庭園をのぞむ 右/旧尾形家住宅の上屋】

 上山市には楢下宿の他にも歴史的価値のある古民家が残されています。「旧尾形家住宅」は代々村の庄屋を務めた尾形家の住居。17世紀の創建とされる重厚な上層農家の住宅で、国の重要文化財の指定を受けています。月岡ホテルからは車で約15分ほど。
 門構えからして、とにかく大きくて立派。さすが庄屋様のお屋敷。そしてここには、ユニークな口上で知る人ぞ知る名物のおじいちゃんガイドさんがいらっしゃるとのことなので、お会いできるのを楽しみにして来ました。このお方、実は72代目の尾形家のご当主です。
 たたきのがっしりとした柱はくるみや漆の太いものが使われていること、「うまや」は大事な馬が病気などをしないように東側の一番良い場所に置いていることなど、独特の語り口で解説してくださいます。屋敷全体を支える大黒柱は栗の木、小屋組には釘は一切使われていない、尾形家の囲炉裡は枠木の組み方が1ヶ所だけ違っている、ということなども楽しくうかがうことができました。
 囲炉裡のある「ざしき」は、昨日の「武田家」でも見た「どざ」になっていますが、筵の下にはふっかふかの藁が敷き詰められいます。『クッションみたいで居心地よさそう。』『冬もお尻の下はあったかそうだね。』
 庄屋という役割がら、上山藩からの険見の役人を迎える必要もありました。そのため奥の上屋は格式の高い造りになっていて、普段の出入り口とは別に、役人の出入りのための玄関もしつらえています。敷地内には大木は樹齢300年とも言われる「いちい」の大木が根をはります。また、藤沢周平原作の「小川の辺(おがわのほとり)」の映画のロケ地としても使われたことがあり、関連の写真やポスターなどの展示も。『おお、ヒガシ(映画の主役東山紀之さん)だ。』『藤沢周平の書く海坂藩って山形県の庄内をイメージしてるんだよね。』

85こんにゃく番所★DSC01823s.jpg86こんにゃく番所★DSC01812s.jpg
【左/本館(手前側)と別館(奥)を結ぶ通路 右/本館売店】

 山形のソウルフードと言えば?「玉こん」と答えたあなたはなかなかの山形ツウかもしれませんよ。なにせ山形県こんにゃくの消費量が日本一なのだとか。山形のもうひとつのソウルフード「芋煮」にもこんにゃくは欠かせませんしね。日本で一番こんにゃくが食べられている山形の中でも、とりわけ多彩なこんにゃく料理を堪能できるのが、楢下宿にある「こんにゃく番所」です。本日のランチはここで「こんにゃく懐石」をいただく予定。何やら昨日から楢下宿とホテルを行ったり来たりしている感じですが、今回の旅のメインは楢下宿なわけですから、いいのです。
 「こんにゃく番所」というだけあって外観は江戸時代の番所を模した造り。敷地も広い!門を潜って左手奥が本店の「こんにゃく茶屋」、右手奥には別館の「番カフェ」。和庭園もあって雰囲気はバッチリ。お目当ては本店のお食事処でいただく「こんにゃく懐石」だけど、まずは和モダンでお洒落な「番カフェ」をのぞいてみます。見た目からしてこんにゃくのイメージを覆すようなこんにゃくスイーツたちにびっくり!別館にもお食事処があって、ひき肉の代わりにこんにゃくを使ったという「こんにゃく入りドライカレー」にも心惹かれるけれど、やっぱりランチは初志貫徹で。

94こんにゃく番所コース★DSC01745s.jpg96こんにゃく番所コース★DSC01796s.jpg97こんにゃく番所コース★DSC03992s.jpg
【左/懐石の先付・前菜・煮物・酢の物 中/懐石の食事 こんにゃく蕎麦 右/お食事のおまけの玉こん】

 というわけで、あらためて「こんにゃく茶屋」の方へ。広い売店の奥にお食事ができるお座敷があります。懐石のコースはお値段別に選べますが、今回は1,500円(税込1,620円)コースをチョイスしました。先付から食事まで全7品。
 待っている間に出てきたのは、濃いめの緑茶と「みぞれこんにゃく」。ラ・フランス味のつぶつぶゼリーとでも言えばいいでしょうか。『お品書きにはなかったけど、これってサービス?てか、こんにゃく?』『このつぶつぶ感が結構いい感じに果物っぽいかも!』などと、テンションも上がります。
 しかしこれはまだ序の口でした。このあと次々と出される趣向を凝らしたこんにゃく達のパフォーマンスにいちいち感心することに。例えば、黒豆蒟蒻は見た目も味付けも黒豆にそっくり。揚げ物の帆立蒟蒻は貝柱に見立てられた蒟蒻が口の中で縦にほろほろとほぐれる食感。…といった具合に、それぞれの食材への見立てと再現と組み合わせがとてもユニークでしかも美味しいのです。『これは、こんにゃくの表現の可能性の限界に挑戦!という感じだね。』『これ考えた人は、遊び心のある凝り性にちがいない!』などと勝手な想像を膨らませつつ、エンターテインメントを満喫するように楽しく美味しくいただくことができました。
 おまけとして出ぎわに山形名物「玉コン」をいただくというプチサプライズ付き。味のしみた熱々玉こんを頬張ってほっこり。『はー。お腹も心も満足。』『だけどこんにゃくだから、食べ過ぎたっていう罪悪感がないのがいいよね!』

 売店の商品はもちろんこんにゃくづくし。品揃えの中には懐石でいただいたお品も並んでいます。じっくりとお土産を吟味して、帰りの道すがらのお供もしっかり仕入れ、今回の湯散歩の旅は終了です。前回にも増して「旧街道」の名残を感じる旅となりました。しかしそんな名残も何もしなければやがて時代の波に飲まれ風化していってしまうもの。それを守っているのはやはり土地を愛する人々の心なのだと思います。『もしかして、旅をすることはその人たちを応援することになるとは思わない?』『おお!湯散歩は地域貢献でもあるわけね!』などというのは言い訳半分本気充分。というわけで次回のかみのやま湯散歩もお楽しみに!

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