霜月 楢下宿語り【羽州街道・楢下宿】

ならげじゅく、ご存知ですか? 
「楢下宿」と書いて「ならげじゅく」と読む。「宿」とはすなわち街道沿いの宿場町のこと。前回の記事では「かつて、上山は羽州街道の宿場町でもあった」ということを書きました。街道沿いに宿場町を置く事を駅伝制度(そう、駅伝競技の駅伝です!)と言いますが、「楢下宿」は上山宿のいわば隣駅にあたります。
 本陣、脇本陣、問屋、旅籠、茶屋などを携え、新庄藩・庄内藩・秋田佐竹藩・津軽藩など奥州の13藩の参勤交代の宿場として栄えたといいます。今なお当時の面影を残した集落が残されていると聞いた我々湯散歩女子のふたり組は、いにしえの旅人の気分にひたるべく「楢下宿」を今回の旅の目的としたのでした。
 時は秋。山々も程よく色づき気分は盛り上がります。もちろんお宿は月岡ホテル。『もはや私達の定宿だよね。』『庭園の紅葉も楽しみだね。』

柿色に染まる里、日本の秋の原風景。
02楢下宿★DSC03946s.jpg01楢下宿★DSC03761s.jpg34楢下宿★DSC03977s.jpg
【左/金山川に影を映す柿の実 中/楢下宿看板 右/集落を見学する生徒さん達】

 国道13号線は旧羽州街道の一部と重なるのですが、上山温泉から車で約20分ほどいったところに「楢下宿」の看板が現れます。本線から外れてやや山間に入れば、楢下宿の集落が。
 それにしても道すがら、いたるところで目に飛び込んでくるのが、枝いっぱいに実をつけた柿の木。たわわに実る柿の実の色。そういえば、上山は干し柿の産地でもありました。上山市が原産の「紅柿」でつくる干し柿は絶品!
 この実が全て紅柿なのかどうかはわかりませんが、それでも『いや〜、なんだろうねぇ。この懐かしい感じは。』『そうだねぇ。なんだか、子供の頃に見た昔話の場面を思い出すような…?』鮮やかな柿色に染まる里の景色は「日本の秋の原風景」と言ってもいいかもしれません。

03楢下宿★DSC03787s.jpg05浄休寺★DSC03779s.jpg46金山川★DSC03912s.jpg
【左/集落の沿道に残る土蔵 中/浄休寺の石段と鐘楼と大銀杏 右/紅葉を映して集落を流れる金山川】

 かつては交通の要衝として栄えていた楢下宿ですが、時代の移り変わりとともに新しくできた道路から切り離される形で集落が残り、比較的多くの古民家遺構が最近まで残されていたと言います。現在も数軒の古民家が大切に保存公開され、集落に点在する古い土蔵などにも当時の風情が偲ばれます。
 看板からしばらく道をたどると「浄休寺」の石段が見えて来ます。石段の上には赤い屋根の可愛らしい鐘楼と見事な大銀杏。『この銀杏、ほれぼれするほど立派だねぇ。どのくらいなのかな?』『ん?高さ?樹齢?』『どちも(笑)』『えーとね。高さが約30m、胴回りが約5m、推定樹齢約300年だって!』浄休寺の建立が宝暦3年(1753年)と言いますから、建立当時、もしくは建立前からこの高台にあり、集落全体を見守っていたのでしょうね。
 
10滝沢家★DSC03815s.jpg11滝沢家★DSC01864s.jpg15滝沢家★DSC04017s.jpg
【左/滝沢屋の外観 中/滝沢屋の居間 右/花魁の簪】
 
 楢下宿の古民家巡りは「滝沢屋」から。入館料(大人210円)が必要だけど、ガイドのおじさんがバッチリ楢下宿の歴史や見所を教えてくれて予習としてもおすすめです。「滝沢屋」というのは、江戸時代には庄屋を勤めた由緒ある家柄の「丹野家」の屋号です。造り酒屋で「滝沢諸白」という銘酒もあったとか。現在は移築されて集落から少し離れた場所にありますが、もとあった場所は集落のほぼ中央に位置し、脇本陣や旅籠屋としても大名や上級武士の宿泊や休憩に利用されたのだそうです。
 参勤交代のご一行様ともなれば、必要な宿屋の数も、動くお金も相当なものとなります。おじさんの話によれば、宿場町の規模としては某宿の2倍、一度の滞在で使われたお金は千両箱5つ分にもなったとか。残された古文書や工芸品もその繁栄ぶりの片鱗を伝えています。
 私達が特に目を奪われたのは、花魁が使っていたという櫛や簪。素材の贅沢さや美しさもなのですが、楢下宿に花魁までもがいたという事実にびっくりしました。『考えてみればそれはそうなんだけどね。』『でもこの細工、着物好きにとってはたまらないよね。』

18新町めがね橋★DSC03897s.jpg33下町めがね橋★DSC03944s.jpg29公園★DSC03919s.jpg
【左/新町めがね橋(新橋) 中/下町めがね橋(覗橋) 右/かわばた公園】

 宿場町というと直線的に配されるのが一般的なのではないかと思いますが、楢下宿は川を2回またぐ形で鉤型に配されていて、集落を横切るように流れる金山川とそこに架かる2つの石橋の風情が、楢下宿を代表する景観のひとつとなっています。
 集落は「新町」「下町」「横町」「上町」の4つの町で構成され、新町と下町を結ぶのが「新橋(通称:新町めがね橋」、横町の中程に架けられているのが「覗橋(通称:下町めがね橋)」。2つのめがね橋が架けられたのは明治時代。当時では珍しい西洋の土木技術が取り入れられた石造りです。『このアーチがいいわ〜。古びた石の感じがなんともいえないわ〜。』『すっごく絵になるねぇ。』
 実は絵になるだけでなく、生活道路としても現役。4t以下の車両であれば通行可能だそう。そんなところもステキ。河川敷には「かわばた公園」も整備されいて、ここでお弁当を食べながらスケッチする、なんてこともしてみたいかも。

20大黒家★DSC01641s.jpg24大黒家★DSC01678s.jpg25大黒家★DSC01650s.jpg
【左/大黒屋の軒下から下町の通りを眺める 中/大黒屋「かって」 右/大黒屋「どま」】

 4つの町の中でも「下町」は楢下宿のメインストリートとでもいうべき、かつての中心街にあたります。下町の中央には本陣「塩屋」が置かれ、その北隣に「大黒屋」、最初に訪れた「滝沢屋」はさらにその隣に並んでいました。現在「塩屋」は失われましたが、「大黒屋」はもとの場所からちょうど道路を挟んだ向かい側にに移築保存されています。比較的広い駐車場も隣接しているので、お車の方はここに車を止めて楢下宿を散策するのが良いかも。
 「大黒屋」は古くから楢下宿の旅籠を勤める家柄。旅籠の造りになっている一方、奥には広い土間と「うまや」を配していることから、旅籠と農家建築の両方の特徴を持っていると言われます。『土間長い!』『全体的に広いよね。』『この囲炉裡のあるお部屋は「かって」と呼ぶらしいよ。』『畳敷きの大きなお部屋は、どっちも街道に面して並んでるんだね。』
 「大黒屋」の外に回ると、通り側の軒下に丸太の腰掛けが置かれています。ここでちょっと一休み。のどかな里の秋の風景になごみつつふと思います。この目の前の道はかつての街道。昔はここに立派なお宿が並んでいて、大名や商人や庶民やいろんな人々が行き来していたのだなぁ…。
  本陣が置かれていた場所の南側、新町側からめがね橋(新橋)を渡ると、道路を挟んだハス向かいに「庄内屋」が保存されています。現存する家屋の中では一番古く、準本陣級の格式を持つ脇本陣ですが、残念なことに修復工事中。「庄内屋」の名前のとおり、庄内藩の定宿となっていたそうです。『庄内藩のゆかりの品もあるみたいだよ。』『これはまたいつかリベンジしなくちゃね。』

31金山川沿い★DSC03974s.jpg36山田家★DSC01705s.jpg38山田家より★DSC03966s.jpg
【左/金山川沿いの遊歩道 中/山田家の板の間 右/山田家からの景観】

  大黒屋を出て金山川沿いの遊歩道を横町方面へ歩いていくと、もうひとつのめがね橋(覗橋)に行き着きます。橋を渡ってすぐが「山田家」。橋越しに見る「山田家」は、集落の生活ぶりが感じられる様な懐かしいような佇まい。建物の造りも入母屋の二階建てで、これまで見てきた家屋とはまた違った趣。
 建物自体は明治に再建されたものだそうですが、吹き抜けの大きな板の間と併設された蔵がいい雰囲気。二階には採光・通風のための開口が設けられて、おそらく養蚕をしていたのでは?とも言われますが、詳細は不明のようです。
 廊下や和室の長押には額装された古い写真がたくさん飾られていました。モノクロで撮られた集落の街並みです。自転車やバイクも走っていますから、たぶん戦後をだいぶすぎてからの昭和のものでしょう。昭和自体は遠くなりつつありますが、ホントにまだ手の届きそうな時代までこういった街並みが残されていたんですね…。
  板の間のスペースでは、桃の節句に、地区に代々伝わる雛人形や地元の方からお借りした新旧のひな人形およそ300体が飾られるとか。『リベンジするならやっぱり春かな?』『そうだね!きっと華やかだろうね。』
 「山田屋」を出ると、制服姿の生徒さん達の群れに出会いました。そういえば、下町のあたりでも他のグループを見かけたなぁ。引率の先生らしき方がいらっしゃって、生徒さん達も手に筆記用具をお持ちの様子だったので、もしかしたら地元の学校の課外授業か何かなのかしら?若者達よ、おおいに学びなさい。

44旧武田家★DSC03802s.jpg45旧武田家裏★DSC03807s.jpg42旧武田家★DSC01612s.jpg
【左/武田家の土間から裏口へ 中/武田家の裏手 右/武田家「どざ」】

 楢下宿で最後に回るのが「武田家」。ここもかつては旅籠屋でした。造り自体は「大黒屋」に似ていてちょっと小ぶりにした感じでしょうか?ちんまりした分、庶民感がぐっと増します。また、他の家屋と違っているのが囲炉裡のあるお部屋が板張りではないという点。これは「どざ」というもので、床は土間になっており、その上に筵を敷いて生活していたと言います。
 古い農機具なども残されており、半宿半農でもあったことが偲ばれます。『あ、裏に木造の倉庫っぽいのがあるよ。』『時代物ではないかもしれないけど、妙にしっくりと雰囲気にとけこんでるね。』
 楢下宿では「滝沢屋」以外の古民家には常駐する管理人はおらず、無料で見学できます。常駐する管理人はいないと言っても、どの家もよく整備され清掃も行き届いていますし、トイレも各所にあり、清潔なので安心して使うことができます。これは土地の人達が愛情と愛着をもってしっかり管理しているからなのでしょうね。 

39山田家★DSC03971s.jpg41旧武田家★DSC03792s.jpg47三吉山眺望★DSC01075s.jpg
【左/山田家の土蔵 中/街道に面する武田家の外観 右/三吉山から上山市街を望む】 

 ところで、「大黒屋」から「山田家」へのルートは今回の川沿いだけではなく、街道に沿って下町から新町に折れるというルートもあります(というか、こっちが本道)。その通りの道沿いには「豆腐屋」や「醤油屋」の隠れた名店が。いまだに昔ながらの手作りにこだわり、自然な味わいが魅力…なのだそうですが、私達がそれを知ったのは旅から戻ってからのこと。後の祭りとはこのことですが、これはこれでリベンジへのモチベーションということに。

  さて、そろそろホテルに向かう時間ですが、その前に上山市内にそびえる「三吉山(みよし山)」に登っておきましょう。「三吉山」は、かみのやま温泉の東南に位置する標高574mの里山。山頂に三吉神社が祀られている信仰の山ですが、上山市のクアオルト認定コースにもなっています。クアオルト事業とは、“心と体がうるおう”まちづくりを掲げ、自然環境・温泉・食などの恵まれた地域資源を活かしながら市民の健康増進と地域活性化を官民一体となって目指すというもの。
 三吉山はまた「やまがた100名山」にも登録されています。ホントは自然を堪能しながらトレッキングすればいいんだろうけど、時間もないので一気に山頂へ。神社の裏には小さなゴルフ場も。それらを横目で見つつ上山市街を見渡せるスポットへ。眼下には色づく山々の重なりと温泉街が一望。『キレイ!』『うむ、絶景。』他に言葉はありません。

秋のロマンと月岡ホテル。 

50月岡H中庭紅葉★DSC01142s.jpg52月岡Hラウンジ紅葉★DSC03608s.jpg56月岡H中庭紅葉★DSC01498s.jpg
【左/色づきはじめる庭園の彩り 中/ラウンジから秋の庭園を眺める 右/池に遊ぶ鯉たち】

 秋の陽はつるべ落としと言いますが、やや陽もかたむきかけた頃に月岡ホテルに到着しました。楽しみにしていた庭園の紅葉はまだ色づき半ばといったちころでしょうか。うかがってみると、月岡ホテルの庭園は、上山市内の紅葉よりも少し送れる傾向にあるのだとか。真っ赤に色づいた頃の庭園は、どれほど見事なことでしょう。それでも緑と黄色と朱色のコントラストが美しく「錦秋」という言葉が浮かびます。池に目を落とすと鮮やかな錦鯉たちが行ったり来たりと急がしそうに泳いでいます。

58月岡H客室★DSC01116s.jpg60月岡Hさくらんぼの湯★DSC01370s.jpg59月岡Hさくらんぼの湯露天★DSC01424s.jpg
【左/客室から眺める秋景色 中/さくらんぼの湯 庭園大浴場 右/さくらんぼの湯 庭園露天風呂】

 今回のお部屋は、蔵王とお城を眺望できる絶景の角部屋。窓からは月待坂も見下ろすことができます。月待坂といえば、前回お食事をした「折鶴」もこの道沿いにあったはず。『たぶんあのへんだよね。』『そうそう。とっても美味しかったよね〜。』浴衣セットには防寒用の足袋ソックスが添えられていて、細やかな心遣いを感じます。
 お食事の前に、まずはひと風呂。お風呂は前回も書いた通り、日替わりで男女が入れ替わるシステム。今夜のお風呂は前回とは逆で「さくらんぼの湯」です。「ら・ふらんすの湯」に比べれば、こじんまりとした露天風呂ですが、これはこれで貸切気分で妙に落ち着きます。露天風呂への扉を開けると、夏には心地よく感じられた外気が今はひやっと肌寒く、季節の移り変わりを文字通り肌で感じるのでした。

62月岡H夕食個室★DSC01192s.jpg63月岡H夕食★DSC01200s.jpg65月岡H夕食★DSC01223sjpg.jpg
【左/居酒屋堺屋の個室 中/前菜 右/山形名物 芋煮】

 本日の夕食はちょっとリッチに「会席料理コース」。自分たちへの少しばかりのご褒美という名目で。お席は居酒屋堺屋の個室。ガラス張りの素敵な空間に、特別感はいや増します。個室の使用料はありません。空いているかどうかは運次第。 
 乾杯酒のあと、ご飯のお釜に陽を入れます。ちょうど良い頃に炊きあがるとの事で今から楽しみ。それだは早速前菜から。あけび、ミズコブ、柿、もって菊などの旬素材を用いて、とりどりに趣向をこらせて少しずつ。米沢の「つのにんにく」が良いアクセント。お造りは、えびとあいなめと脂ののった鮪の三点。山形名物の芋煮は煮物として。牛肉のだしと脂のコクがきいています。

66月岡H夕食★DSC01235s.jpg68月岡H夕食★DSC01245s.jpg69月岡H夕食★DSC01274s.jpg
【左/特選山形牛ステーキ 中/サーモンのミルフィーユ 右/山形産つや姫舞茸ご飯】

 焼物は特選山形牛ヒレステーキ。好みの焼き方が選べます。贅沢。ハーブに塩を結晶させたものが添えられています。『キラキラしてきれいね。』そして焼物はもう一品。サーモンのミルフィーユ。サーモンとエビとホタテを重ねてパイ生地でサンドし、パプリカやズッキーニで彩られたホワイトソースでまとめています。『う〜ん、これも絶品。』秋野菜のオレンジポン酢仕立てのサラダに蛤と松茸のお椀、そして最初に火を入れたご飯がいよいよ炊きあがりました。山形産つや姫のお米の舞茸ご飯!美味しい以外にありえない。ほどよいおこげもまた美味。『私達、日本人で本当に良かったね!』

67月岡H夕食★DSC01239s.jpg70月岡H夕食★DSC01284s.jpg71月岡H月★DSC01183s.jpg
【左/高畠ワイナリー 白 甘口 中/メロンのソルベとブリュレ 右/客室より月を眺める】

 締めくくりのデザートはメロンのソルベとブリュレ。ところで、今日の乾杯酒は高畠産の白ワインでした。軽くてフルーティーでほんのりスイートな口当たりはまさに女性好み。ここのところ、日本産ワインに人気が集まってきていて、山形のワイナリーも注目されていると言います。ここ上山にもワイナリーがあって、アピールしていこうというプロジェクトも立ち上がっている様子。『次は上山のワインだね。』『ワイナリーにも行ってみたいよね。』
 全部残さず美味しくいただいたので、もうお腹はぱんぱん。お部屋に戻ってもしばらく動けないありさま(笑)。お部屋の窓には優しい光でお城を照らすお月様が。そういえいえば、上山城の別名は「月岡城」でしたね。

72月岡H城前通りの朝★DSC01334s.jpg57月岡H中庭紅葉★DSC01534s.jpg74月岡Hラウンジチョコケーキ★DSC01587s.jpg
【左/秋の朝の月待坂 中/庭園の紅葉と池の鯉 右/今月のおすすめデザート クラシックショコラ】

 朝風呂から戻って窓をの外を覗くと、紅葉が映える朝の柔らかな陽光の中、まばらに歩く人の影。たまーに通りすぎるエンジン音。温泉街もそろそろお目覚めの頃です。
 早起きしたので少し時間をとってゆっくりと朝食バイキングを堪能。『あ、デザートのクラフティが、夏のモモからリンゴに変わってる!』こういうことにはちゃんとめざといのです。
 さて、チェックインから密かに気になっていたのは今月のおすすめデザート「クラシックショコラ〜クリームとみかんのソースを添えて」。宿を発つ前にぜひともいただかねば。見た目は濃厚そうなチョコレートケーキだけど、甘さは控えめ。チョコとクリームと柑橘系というコラボはバッチリ好相性です。このミカンソースは売店でも売っているそうですよ。

名物にうまいものあり。

77旧尾形家★DSC01875s.jpg79旧尾形家★DSC04036s.jpg82旧尾形家★DSC04043s.jpg
【左/旧尾形家住宅をガイドする72代目ご当主 尾形宗一氏 中/ざしきから庭園をのぞむ 右/旧尾形家住宅の上屋】

 上山市には楢下宿の他にも歴史的価値のある古民家が残されています。「旧尾形家住宅」は代々村の庄屋を務めた尾形家の住居。17世紀の創建とされる重厚な上層農家の住宅で、国の重要文化財の指定を受けています。月岡ホテルからは車で約15分ほど。
 門構えからして、とにかく大きくて立派。さすが庄屋様のお屋敷。そしてここには、ユニークな口上で知る人ぞ知る名物のおじいちゃんガイドさんがいらっしゃるとのことなので、お会いできるのを楽しみにして来ました。このお方、実は72代目の尾形家のご当主です。
 たたきのがっしりとした柱はくるみや漆の太いものが使われていること、「うまや」は大事な馬が病気などをしないように東側の一番良い場所に置いていることなど、独特の語り口で解説してくださいます。屋敷全体を支える大黒柱は栗の木、小屋組には釘は一切使われていない、尾形家の囲炉裡は枠木の組み方が1ヶ所だけ違っている、ということなども楽しくうかがうことができました。
 囲炉裡のある「ざしき」は、昨日の「武田家」でも見た「どざ」になっていますが、筵の下にはふっかふかの藁が敷き詰められいます。『クッションみたいで居心地よさそう。』『冬もお尻の下はあったかそうだね。』
 庄屋という役割がら、上山藩からの険見の役人を迎える必要もありました。そのため奥の上屋は格式の高い造りになっていて、普段の出入り口とは別に、役人の出入りのための玄関もしつらえています。敷地内には大木は樹齢300年とも言われる「いちい」の大木が根をはります。また、藤沢周平原作の「小川の辺(おがわのほとり)」の映画のロケ地としても使われたことがあり、関連の写真やポスターなどの展示も。『おお、ヒガシ(映画の主役東山紀之さん)だ。』『藤沢周平の書く海坂藩って山形県の庄内をイメージしてるんだよね。』

85こんにゃく番所★DSC01823s.jpg86こんにゃく番所★DSC01812s.jpg
【左/本館(手前側)と別館(奥)を結ぶ通路 右/本館売店】

 山形のソウルフードと言えば?「玉こん」と答えたあなたはなかなかの山形ツウかもしれませんよ。なにせ山形県こんにゃくの消費量が日本一なのだとか。山形のもうひとつのソウルフード「芋煮」にもこんにゃくは欠かせませんしね。日本で一番こんにゃくが食べられている山形の中でも、とりわけ多彩なこんにゃく料理を堪能できるのが、楢下宿にある「こんにゃく番所」です。本日のランチはここで「こんにゃく懐石」をいただく予定。何やら昨日から楢下宿とホテルを行ったり来たりしている感じですが、今回の旅のメインは楢下宿なわけですから、いいのです。
 「こんにゃく番所」というだけあって外観は江戸時代の番所を模した造り。敷地も広い!門を潜って左手奥が本店の「こんにゃく茶屋」、右手奥には別館の「番カフェ」。和庭園もあって雰囲気はバッチリ。お目当ては本店のお食事処でいただく「こんにゃく懐石」だけど、まずは和モダンでお洒落な「番カフェ」をのぞいてみます。見た目からしてこんにゃくのイメージを覆すようなこんにゃくスイーツたちにびっくり!別館にもお食事処があって、ひき肉の代わりにこんにゃくを使ったという「こんにゃく入りドライカレー」にも心惹かれるけれど、やっぱりランチは初志貫徹で。

94こんにゃく番所コース★DSC01745s.jpg96こんにゃく番所コース★DSC01796s.jpg97こんにゃく番所コース★DSC03992s.jpg
【左/懐石の先付・前菜・煮物・酢の物 中/懐石の食事 こんにゃく蕎麦 右/お食事のおまけの玉こん】

 というわけで、あらためて「こんにゃく茶屋」の方へ。広い売店の奥にお食事ができるお座敷があります。懐石のコースはお値段別に選べますが、今回は1,500円(税込1,620円)コースをチョイスしました。先付から食事まで全7品。
 待っている間に出てきたのは、濃いめの緑茶と「みぞれこんにゃく」。ラ・フランス味のつぶつぶゼリーとでも言えばいいでしょうか。『お品書きにはなかったけど、これってサービス?てか、こんにゃく?』『このつぶつぶ感が結構いい感じに果物っぽいかも!』などと、テンションも上がります。
 しかしこれはまだ序の口でした。このあと次々と出される趣向を凝らしたこんにゃく達のパフォーマンスにいちいち感心することに。例えば、黒豆蒟蒻は見た目も味付けも黒豆にそっくり。揚げ物の帆立蒟蒻は貝柱に見立てられた蒟蒻が口の中で縦にほろほろとほぐれる食感。…といった具合に、それぞれの食材への見立てと再現と組み合わせがとてもユニークでしかも美味しいのです。『これは、こんにゃくの表現の可能性の限界に挑戦!という感じだね。』『これ考えた人は、遊び心のある凝り性にちがいない!』などと勝手な想像を膨らませつつ、エンターテインメントを満喫するように楽しく美味しくいただくことができました。
 おまけとして出ぎわに山形名物「玉コン」をいただくというプチサプライズ付き。味のしみた熱々玉こんを頬張ってほっこり。『はー。お腹も心も満足。』『だけどこんにゃくだから、食べ過ぎたっていう罪悪感がないのがいいよね!』

 売店の商品はもちろんこんにゃくづくし。品揃えの中には懐石でいただいたお品も並んでいます。じっくりとお土産を吟味して、帰りの道すがらのお供もしっかり仕入れ、今回の湯散歩の旅は終了です。前回にも増して「旧街道」の名残を感じる旅となりました。しかしそんな名残も何もしなければやがて時代の波に飲まれ風化していってしまうもの。それを守っているのはやはり土地を愛する人々の心なのだと思います。『もしかして、旅をすることはその人たちを応援することになるとは思わない?』『おお!湯散歩は地域貢献でもあるわけね!』などというのは言い訳半分本気充分。というわけで次回のかみのやま湯散歩もお楽しみに!

map.jpgnaragemap.jpg
■湯散歩の立ち寄り場所詳細は「続きを読む」をクリック!
【羽州街道・楢下宿の湯散歩/詳細】※写真は一点ずつ拡大できます。

■羽州街道/楢下宿
01楢下宿★DSC03761.JPG03楢下宿★DSC03787.JPG31金山川沿い★DSC03974.JPG38山田家より★DSC03966.JPG
 羽州街道は福島県で奥州街道と分かれて宮城県を通り、上山・山形・新庄・久保田・弘前などの城下町を結びながら青森に達し、参勤交代の道として東北の13藩の大名や旅人の往来で賑わった。楢下宿は、羽州街道を宮城県側から入る場合、七ヶ宿を経て金山峠を越えた場所に位置し、宿場としては本陣を備えた最初の宿場町にあたる。川を2回跨ぐ形でコの字に配された街並みには歴史を物語る古民家が数件点在し、当時の面影を残している。
【文化庁歴史の道百選/平成8年(1996年)11月1日指定「羽州街道ー金山峠越」】
【国指定文化財(史跡)/平成9年(1997年)9月11日指定「楢下宿・金山峠」】


●住所/山形県上山市楢下
●問合せ/TEL.023-672-1111(上山市役所) 023-672-0839(上山市観光物産協会)
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000065.php

■楢下宿/浄休寺
04浄休寺★DSC03769.JPG06浄休寺★DSC03781.JPG07浄休寺★DSC01598.JPG
 宝暦3年(1753年)に建立。真宗大谷派。集落を一望に見下ろす場所に位置し、治安上の軍事的要所でもあったと推察される。境内には推定樹齢300年の銀杏の大木が根をはり、樹高約30m、幹周約5mの堂々たる貫禄を誇る。建物は質素ながら、本館の向拝木鼻には象と獅子、欄間部には独特な龍の彫刻が施されている。

●住所/山形県上山市楢下62
●問合せ/TEL.023-674-2251

■楢下宿/滝沢家
13滝沢家★DSC01849.JPG09滝沢家★DSC03840.JPG12滝沢家★DSC01851.JPG
 江戸時代、羽州街道の要衝として栄えた楢下宿の脇本陣。参勤交代の折には大名や上級武士の宿泊・休息に利用された。丹野家は庄屋を務めた由緒ある家柄で「滝沢諸白」という銘酒の造り酒屋でもあり、滝沢家は屋号。宝暦7年(1757年)の楢下大水害後の再建で築後約250年と確認されている。平入り・直家形式の曲り家。元は集落の中心部「下町」にあったが、平成5年に現在地に移築され歴史資料なども展示している。
【山形県指定有形文化財(建造物)/平成7年(1995年)12月8日指定】

●住所/山形県上山市楢下字乗馬場1759-1
●開館時間/午前9:00〜午後4:45
●休館日/水曜日、年末年始
●入場料/大人210円、学生(高校生以上)160円、小人(小中学生)50円
●駐車場/有り
●問合せ/TEL&FAX.023-674-3125(滝沢屋管理人室)
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000066.php

■楢下宿/大黒家
21大黒家★DSC03854.JPG19大黒家★DSC01642.JPG
 大黒屋は古くから楢下宿の旅籠を勤める家柄。元は道路を挟んだ向かい側にあったものを現在の場所に移築。建物は文化5年(1805年)の建築とされる。間口10.1メートル・奥行き17.5メートルの寄棟・平入・茅葺。屋根形状もそのまま遺り、戸障子や台所諸道具、諸施設、炉のまわり、間仕切り形状など各所に古い形式が良く保存されており、江戸時代後期の旅籠建築の遺構として貴重。
【上山市指定有形文化財(建造物)/平成7年(1995年)5月26日指定】

●住所/山形県上山市楢下
●開館時間/午前9:00〜午後4:45
●休館日/水曜日、年末年始
●入場料/無料
●駐車場/有り
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000742.php

■楢下宿/山田家
37山田家★DSC01709.JPG32山田家★DSC03936.JPG
 覗橋のたもとに位置する。覗橋と建物が一体となった景観は、往時の風情を伝えている。建物は明治元年(1868年)に火災で焼失後、明治18年(1885年)に現在の建物に建替えられた。木造平屋建て・直屋造り・入母屋・寄棟・瓦葺。内部の裏側2間分が板敷になっているのが大きな特徴とされる。
【上山市指定有形文化財(建造物)/平成7年(1995年)10月24日指定】

●住所/山形県上山市楢下
●開館時間/午前9:00〜午後4:45
●休館日/水曜日、年末年始
●入場料/無料
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000745.php

■楢下宿/旧武田家
40旧武田家★DSC01603.JPG43旧武田家★DSC01615.JPG
 楢下宿の新町に位置する曲家。宝暦8年(1758年)に描かれた楢下宿の屋敷割絵図には「旅籠屋」と記載されている。台所部の改修工事の際、宝暦9年(1759年)の墨所が発見されている事から、竣工はこの年代前後と推定される。木造平屋建て・寄棟・平入・瓦葺。江戸時代中期の旅籠建築の遺構として、また建築年代が明確であるという点からも貴重な存在といえる。
【上山市指定有形文化財(建造物)/平成7年(1995年)10月24日指定】

●住所/山形県上山市楢下
●開館時間/午前9:00〜午後4:45
●休館日/水曜日、年末年始
●入場料/無料
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000744.php

■楢下宿/めがね橋
17新町めがね橋★DSC03900.JPG33下町めがね橋★DSC03944.JPG
 楢下宿の中央を流れる金山川には「新橋」と「覗橋」の二つの橋がかけられている。「新橋」は通称「新町めがね橋」・「覗橋」は通称「下町めがね橋」。「新橋」は明治13年(1880年)に「新橋」は明治16年(1882年)につくられた。いずれも当時としては珍しい西洋の土木技術を取り入れた石造りのアーチ式石橋で、石材は上山市大門地区で産出された大門石という凝灰岩を用いている。当時の金山川は洪水も多く木製の橋が何度も流されていたが、明治生まれの二つの石橋はいまだ現役で、4t以下の車であれば通ることができる。
【上山市指定有形文化財/昭和51年(1976年)7月21日指定】
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000746.php

■旧尾形家住宅
78旧尾形家★DSC01884.JPG75旧尾形家★DSC01919.JPG83旧尾形家★DSC04049.JPG
 尾形家は中世豪族の家系で、江戸時代には代々下生居村の庄屋を務めた家柄と伝えれている。 中門造り曲家の大型民間茅葺屋根で100坪を超える大型の建物は、上層農家の住宅として17世紀に建てられたと推定されている。広々とした土間、中央に炉を切込んだ土座、高い天井の「釘なし工法」、「小屋組み」、周囲が1m以上もある栗材の大黒柱など、当時の建築技術がうかがえる。上手は3間取りの座敷と式台が並び、座敷のうち上座敷と中座敷は、面皮柱・長押を用いた数奇屋風の造りとなっている。素朴で豪壮な造りと数奇屋風な座敷を併せ持ち、この地の特徴的で貴重な遺構として国の重要文化財指定を受けている。
【国指定重要文化財(建造物)/昭和44年(1969年)12月 18日指定】

●住所/山形県上山市下生居170
●開館時間/午前9:00〜午後4:45
●休館日/月曜日、年末年始
●入場料/大人210円、学生(高校生以上)160円、小人(小中学生)50円
●問合せ/TEL:023-674-3477(当主:尾形宗一氏)
http://kaminoyama-spa.com/tourism/data/000064.php

■丹野こんにゃく番所
84こんにゃく番所★DSC03979.JPG87こんにゃく番所★DSC01816.JPG88こんにゃく番所★DSC03983.JPG95こんにゃく番所コース★DSC01781.JPG
 丹野こんにゃくの創業は昭和34年(1959年)、“山形名物玉こんにゃく”の販売で各地を廻るうちに、「こんにゃくを食べに山形に来てもらいたい」という思いが強くなり、昭和61年(1986年)に現在の店をオープンさせたという。様々な食材とこんにゃくを使い、見た目も食感も驚きのこんにゃくらしからぬこんにゃく料理やこんにゃくスイーツを提供している。単にインパクトで驚かすだけではなく、質にも味にもこだわりを持っている。

●住所/山形県上山市楢下1233-2
●営業時間/[土産処]8:30~17:00 [食事処]11:00~17:00
●定休日/火曜(祝日の場合は営業)・元旦
●問合せ/TEL:023-674-2351
●駐車場/有り
http://www.tannokonnyaku.co.jp/index.php